マーティン・マクドナー監督の『スリー・ビルボード』が傑作だったという報告。

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どんな映画かほとんど分からずに観てみました。
『スリー・ビルボード』って映画です。

オレが知っていたのはフランシス・マクドーマンドとウディ・ハレルソンが出ていて、主人公が警察にケンカを売るという部分だけw

いやー、超面白かったですコレw

娘がレイプされ殺された母親が、事件の進展の無さに痺れを切らして、警察署長を名指しで批判した広告を出したことから町中を巻き込んで、色んな事件が起こる話。

田舎が舞台なので、田舎らしい話ではあります。

たとえば『ウィンターズ・ボーン』とか『悪魔のいけにえ』とかあるよね。
要するに「田舎って怖いですよー」って教えてくれるタメになる話。

『スリー・ビルボード』は、その手の田舎社会のおぞましさを知らしめるタイプのストレートな田舎映画ではないんです。

もちろん要素としてはありますが、映画自体は方向性がそっちじゃないというか、そっちの方向に向かう素振りだけで、本意が他にあるんですよね。

ミズーリという典型的に閉鎖的な田舎社会、凄惨な殺人事件、人種差別の呪い、警察の無能ぶり、不快で、野蛮な住民など田舎をディスるためのアイテムは必要以上に揃っているんだけど、断じてそうはさせないストーリーが展開します。

基本的には心理サスペンスであり、シリアスな人間ドラマなんでしょうけど、展開がまるで読めないし、キャラクターも一筋縄には行かない上、絶妙にウケるんですよねw

騒動の発端は主人公が出す広告なんだけど、結構早い段階で「まさか!」って事件が起きるので、その後のストーリーと人間関係がどうなるのか全然予測がつかない。
そこら辺は相当スリリングですね。

警察の腐敗や人種問題に話が向かうわけでもなく、殺人事件の解決に向かうわけでもなくて、そこは観てのお楽しみってことですw

話が恐ろしくなる手前で、違和感なく笑いに転じさせる辺りとかのさじ加減がこれまた凄い。
暴力的で、暗澹とした映画でありながら、絶妙な間によってブラックコメディとして成立しているのだ。

この面白さはアカデミー賞脚本賞ノミネートは伊達じゃないわけですね。
同様にホラーとコメディを両立させた奇怪さで脚本賞受賞した『ゲット・アウト』を思い出した。

かつて黒すぎる笑いの犯罪映画『セブン・サイコパス』を作ったマクドナー監督らしいと言っちゃそうかもしれない。

『スリー・ビルボード』の迫力ってマクドナー監督の演出と脚本の手腕による部分がもちろん大きいけど、役者がはっきりいって良すぎる。

一見単純なようで複雑で、奥深く、人間臭いキャラクターに思わず引き込まれるのだ。

周囲を敵に回してもめげない母親を演じるフランシス・マクドーマンドは、一見心が強そうに見えるが、内面には娘を救えなかった自分への無力さ、後悔や自責の念を抱いているし、批判の対象となる警察署長を演じるウディ・ハレルソンは冷酷そうで、実は人格者だったりする。

そして、一番圧巻なのは、キレやすくて、頭も良くないし、マザコンというどうしようもない警察官を演じるサム・ロックウェル。
この人はどの映画でもやたらと印象が強いw

アホなのかバカなのか賢いのか狂っているのかまるで分からないキャラクターをまるで素のように演じる。
たぶんその全部なんだろうけどw

『スリー・ビルボード』においてのサム・ロックウェルは素晴らしすぎた。
クズのような人間性で軽蔑させるのに、後半は軽蔑していたこちらが恥ずかしくなるような人間力を発揮する。
その手の平を返したような急激な内面の変化を、ロックウェルさんはあまりにも自然に表現してくる。

本気で感動してしまった。

結局、この映画はどんなジャンルかちょっと説明できないんだけど、凄くいい映画ですw
空しく、哀しい話と言ったらそうなのかもしれないが、ラストは意外にも希望さえ抱いた。
なんか心優しかった。

たぶんマーティン・マクドナー監督流のちょっと屈折した愛情表現なんだと思います。
ストレート過ぎたらベタなので、照れ隠しでわざと遠まわしに描いた人間賛歌なんじゃないかって思いましたw

だとしたら天才的センスあるw

サム・ロックウェルが巧すぎる度 1億点満点!

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